よみがえった前輪2軸の大型バス 旭川電気軌道の三菱ふそうMR430[後編]
車内は超ロングシートで構成!?
いやおうがなしにも前輪2軸を持つ外観が大きなインパクトを与える三菱ふそうMR430ですが、車内はどのような雰囲気なのでしょうか。
早速、乗り込んでみることにしましょう。
乗車してみると、車内も外観と同じく新車と見間違うほど美しくレストアされています。
また、そのことによって1960年代と現在のバスの車内の違いもよく分かる印象です。
車内前方から後方への眺めで分かるとおり、最後部座席を除き、座席は全て横向き座席で構成されていますが、このような座席レイアウトを「三方(さんぽう)シート」と呼びます。
最後部座席は5人掛けとなっていて、3分割のクッションで構成されています。
手前両端には仕切りが設けられており、リアウィンドウから天井にかけて丸みを帯びている構造であることもあいまって、囲まれ感のある座席となっています。
車内後方から前方への眺めです。
扉側は前扉直後まで横向き座席が続いており、長大なロングシートがとにかく圧巻です。
運転席側の座席の上には荷棚が備え付けられています。床はリノリウムなどの上張り仕上げではなく、木目があらわになった木床のままとなっていますが、真新しいため住宅の居間のような落ち着いた雰囲気を醸(かも)し出しています。
前輪タイヤハウス(タイヤの収納部分)は2軸であるため、2つありますが、運転席側には暖房装置と吹き出し口が張り出すように設けられています。
車内前方の様子。
運転席との仕切りは通称「Hポール」と呼ばれる手スリと仕切り板によるシンプルなものとなっていますが、客席側から見て遮(さえぎ)る構造物が少ないため、観光バスでなくとも前方への視界が良好な印象です。
窓から吹き込む時代の空気
平行四辺形状のスピード感ある側窓は引き違い構造の通称「メトロ窓」ですが、このようなスタイルの側窓は1970年代までに製造された観光・高速バスではよく採用例が見られました。
路線バスでの採用は比較的珍しく、この車両が導入された1960年代当時では非常にモダンに受け取れられたのではないかと想像します。
運転席側の側面後方にある非常扉部分の窓も、側窓に合わせたスピード感あふれる平行四辺形状となっていることが車内側から見ても分かります。
非常扉自体は縦長の四角い形状であるため、その中に平行四辺形状の窓をどう設けているのか、観察してみるのも楽しいでしょう。
後面は屋根にかけてラウンドしたフォルムで、背中を丸めているようなデザインとなっていますが、車内側も小さい2つのリアウィンドウから天井にかけて連続するように大きな丸みを帯びていることが分かります。
戦後から1960年代頃までの往年の大型バスにあった空気がただよっている感じがします。
懐かしの路線バスの装備いろいろ…
今回レストアした旭川電気軌道の三菱ふそうMR430は、1960~70年代に路線バスとして活躍していた時代を再現するため、装備や部品なども当時のものにこだわっていることが特徴です。
メモリーブザー(降車ボタン)もその中の一つで、すでに当時の構造・形状のものは製造・販売していないため、道内各所にあったMR430と同世代の他のバスの廃車体から、所有者の承諾を得て分けてもらい、動作を確認後、取り付けたものです。
天井には丸型の車内灯カバーが5つ、互い違いの千鳥配列で取り付けられています。
バスをはじめとする車両の電装品メーカーのゴールドキング製のものと思われます。
メモリーブザーは天井にも当時装備されていたものと同様のものが取り付けられています。
中扉の窓の形状も側窓と同様にスピード感あふれる平行四辺形状となっています。
MR430が導入された1960年代前は、各社で路線バスのワンマン運行が始まった時期であり、まだ車掌が乗務するツーマン運行も行われていました。
そのようなことから、この車両にもツーマン運行時の装備が残されており、中扉直後にある手スリに囲まれたスペースの車掌台や車掌が案内に使用するマイクなどが見られます。
その後、ワンマン運行が始まった際に設けられたと思われる整理券発行器も、当時のものが備え付けられており、路線バスの運行がツーマン方式からワンマン方式へと変わっていった時代を装備から垣間見(かいまみ)ることができます。
中扉直後の側窓下に備え付けられているのが車掌スイッチです。バス用戸閉機(とじめき)メーカーの泰平(たいへい)電機が1963年5月に製造したことが銘板から分かります。
これは車掌が扱う中扉の開閉レバーで、中扉が折戸の場合は車掌が手動で開閉できるものの、旭川電気軌道のMR430のように引戸の場合は自動で行うしかなく、このようなレバーが付いていました。
現在とは隔世の感がある運転席廻り
つづいて、運転席周辺を見てみることにしましょう。計器盤は非常にシンプルな造形であり、スイッチ類も現在の大型バスと比較すると、圧倒的に少ない印象です。
計器類はレトロ感がただようデザインですが、視認性に優れています。
ただ、フロントウィンドウ下の真ん中近くにはドライブレコーダーのカメラを備え付けており、令和の時代の走行を考慮しています。
変速機は5速MT(マニュアルトランスミッション)で、通称「棒ギア」などとも呼ばれる長いシフトレバーがあります。
走行中、ギアチェンジの際は「ダブルクラッチ」操作が必要となります。
ダブルクラッチとは、一度クラッチペダルを踏んでシフトレバーをニュートラルの位置にし、そこでいったんアクセルペダルを踏み込んでエンジンの回転数を上げた後、再度クラッチを踏んで次の段のギアを入れてクラッチをつなぐ操作方法です。
1970年代頃まで製造・販売された大型バス、トラックの運転には必要な操作方法でした。
シフトレバーの隣にはハンドブレーキのレバーとデコンプのレバーがあります。
デコンプとはデコンプレッション(decompression:減圧)の略で、エンジンシリンダーの圧力を抜くためのレバーです。
デコンプレバーは1970年代頃まで製造・販売されたディーゼルエンジン搭載の大型バス、トラックに備え付けられていた装備で、おもにエンジンの停止時に使用していた装備です。
MR430にはエンジンキーがなく、デコンプレバーの操作によってエンジンの始動・停止を行っており、エンジン始動時は予熱ボタン操作後、デコンプレバーを引き上げながらスターターボタンを押してセルモーターを回し、頃合いを見てデコンプレバーを戻す操作を行っているとのことです。
ステアリングホイール(ハンドル)根元の様子。
一番左のクラッチペダルとその隣にあるブレーキペダルの形状は、現在の大型路線バスで見られるような縦長ではなく横長四角に近いものとなっています。
クラッチペダル隣の床面から突出した円柱状のものはヘッドライトの切り替えスイッチです。
右端の緑色のフタを持つ円筒形の装置はオートグリスタで、下廻りのグリースアップを行うための自動給脂装置となります。
運転席横のスイッチボックスには上面に扉の開閉スイッチがあるほか、側面に灯火類のスイッチが多数並んでおり、暖房装置のスイッチもあります。
また、ワンマンとツーマンの切り換えスイッチも装備されています。
フロントウィンドウ直上には幕式の行先表示器と系統表示器を備え付けていますが、幕の巻き取りは手動で、それぞれにハンドルが設けられていることが分かります。
扉側には「クレハ」の文字も味わい深い、車体を製造した呉羽自動車工業の銘板が貼り付けられています。
運転席直上には換気用のベンチレーターがありますが、整風板を設けており、入り込む風の流れを調節することができます。
冷房装置を備え付けていないため、このような工夫が見られるのも当時の車両ならではのことでしょう。
その近くに見える装置は8トラックのテープによる車内放送装置やタコグラフ(運行記録計)などですが、8トラックの車内放送テープは昭和の時代の路線バスを知る世代にとっては、懐かしいものだと思います。
いつでもMR430が見られる!?
令和の時代に奇跡の完全復活を遂げたと言っても過言ではない、旭川電気軌道の前2軸大型バス三菱ふそうMR430。
ただし、万が一、故障が発生した場合に補修部品の調達が困難であることから過度の走行はできず、可能な限り状態を維持するうえでも、路線バスとしての運行や一般的な貸切運行は行わないとのことで、基本的には旭川電気軌道の共栄バスセンターに隣接するバリアフリー研修施設に格納しています。
見学可能時間の9:00~17:00に、見学可能エリアからでしたら建物の窓越しにいつでも見ることができます。
ただし、点検整備、取材、社員研修、イベントなどで出庫している場合があるとのことで、見学に訪れる前に同社ホームページで状況を確認した方が良いでしょう。
冬季は積雪などもあり、研修施設から出る機会はほとんどなく、実質冬眠状態であることから、バリアフリー研修施設で見学できるチャンスは多いかと思います。
旭川へ訪れる機会があればぜひ、その姿を一目でも良いのでご覧になって下さい。
また春になったらイベントなどで走行することも期待したいところです。
【 旭川電気軌道ホームページ 】
https://www.asahikawa-denkikidou.jp/
※協力 : 旭川電気軌道株式会社
※写真(特記以外) : 伊藤岳志
※ 文 : バスグラフィック編集部(宇佐美健太郎)
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