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伊東浩子の『私にも言わせてよ!』一.私の歩いてきた道

みなさんこんにちは!

伊東浩子です。

編集部にお邪魔させていただいた記事が配信されましたね。

ご縁とは不思議なものです。 
私は昨春25年間勤めた交通局を定年退職した後、両親の介護を中心とした日常でバスの運転とは距離が開く生活を送っていました。
実家を離れて約40年。久し振りに父に寄り添い、父親を乗せてドライブしながら子どもの頃の話や父の人生観等ゆっくりとお喋りを楽しみました。

新聞を読むことが減っていたので『女性バス運転手の集い』についての記事に気付かずにいたところ、それを目にした友人から問い合わせがあり、そのことがきっかけで『バスギアエキスポ』の記事が私の目に留まりました。

そこから今回のことが始まります。

私がバス運転手として初めてハンドルを握ったのは平成4年ですから26歳以下のみなさんはまだ生まれていない!
その頃の社会を想像できますか? 
今では当たり前ですが女性の職域や就労時間には男性との間にかなりの差があり 、社会の通念や認識にも現代とは異なることが多くありました。まだまだ「男性は外で女性は内」というのが常識だったと思います。

ある日、夜9時頃のことですがバス停で待っていた年配のお客様が私を見て『こんな時間にも乗っているのか?!交通局は酷いな。女性を夜遅くまで働かせるとは‥‥』と言われ労われたことがありました。
私は午後番勤務だったのでこれで入庫して終業という時でしたから普通の乗務でしたがお客さまにとっては普通なことではなかったのでしょう。

[男女雇用機会均等法]施行から6年目で男女ともに職域が広がり人々の認識が変わりつつある時でした。
当時は労働基準法に女子保護規定があって夜間(22時から5時)の女性の就労は制限されていました。

私は変則勤務を受け入れての就職でしたし家事等との両立を考えていたのでこの保護規定はあまり嬉しくはなかったです(笑)
この規定があることで泊まり勤務や深夜勤務はできませんでしたから‥
つまり「明け」という前日から翌日午前までの勤務が不可だったのです。 
ある意味この形の勤務は家事をこなすのに便利なことがあるからです。
例えば子どもの授業参観やPTA活動などですが‥
私はフルタイム雇用でしたが子どものことは手を抜きたくなかったので授業参観・保護者会・PTAの委員や行事にはスケジュールを調整して参加に努めました。

路線バスの運転手というのは変則勤務でローテーション化されているので健康管理ができれば仕事以外にできることはたくさんあります。
365日24時間をフル活用!
私はいつも「得した気分」「人生を楽しむ気分」で健康を維持しスケジュールをやりくりしていました。
やりくり上手は主婦ですから‥(笑)
健康管理は自分だけではなく家族も大事です。
始めた仕事は休みたくなかったので家族にも健康でいてもらうために特に食生活には気を遣いましたよ。
私の母も夫の母も料理上手で炊事が好きな人でしたから私もそういう二人の母に習って家族の食事は毎朝手作りしました。
特にお弁当は気合が入り楽しんで作りました。

身体が元気!心が元気!お陰さまでみんなが元気です。

バス運転手は女性だから‥男性だから‥ではなく変則勤務を利用してたくさんの可能性を探してみませんか?

とりわけ女性はたくましく元気だから‥‥それぞれに何かが見つかると良いですね。

私がバス・家族・自分と向き合い歩いてきた道をちょっと振り返ってみました。
これからバス運転手を目指す方の参考になれば幸いです。

それでは次回もお楽しみにお待ちください。

執筆 伊東浩子 『バスギアスペシャルアドバイザー』

いとう ひろこ ― 東京都杉並区生まれ。1992年7月、都交通局に入局。当時35歳で専業主婦から東京都交通局女性乗務員第一号となる。持ち前の元気と負けず嫌いな性格で、主婦業にもいっさい手を抜かず25年に渡って勤務後、2017年に定年を迎え退職。その後は、バス運転手の経験を活かし、講師として地域・社会に貢献。現在も学校運営協議会などを通じて地域の子供達に人との接し方を教えるなどの教育に携わる傍ら、当サイト『バスギアスペシャルアドバイザー』としても活躍の幅を広げている。
伊東浩子の『私にも言わせてよ!』 特集一覧はこちら 関連記事:都営バス初の女性運転手が編集部にやってきた!

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